feedly hatebu line pocket facebook twitter rss github pinterest muku

0と1の間

曖昧こそが武器だ。

世の中はなんでもかんでも白黒つけようとする。ルールを引いてしまえば簡単に支配できるからだ。決まってしまえば疑いようがない。理性というのが白黒つけることで初めて理性たりえるからだ。感性は支配しにくい。それは複雑で曖昧で理解しがたいからだ。

一つ、社会で成功するためには理性の波に乗っかるか、その支配を潜り抜けるか。

あまりに曖昧すぎて何が言いたいかわからないだろうか?

僕の文章が支離滅裂で、拙い文章だと決めてかかるか?論理の名のもとに。

そう自然はそんなに曖昧じゃない。だからこそ人間は繁栄できた。しかし、人間が繁栄すると人間こそが支配すべき対象になる。

女か男か、それを区別することに性別以上の意味なんてない。ただ、管理しやすいというわけだ。教育はあなたの為ではない、感性の排除、理性の植え付け、支配者のための決まりだ。

どんなに頭のいい人間でも無限の思考を処理はできない。だから論理を使う。論理によって無限を扱おうとする。しかし、実際には論理は網のようなものだ。だから曖昧なものには対処できない。だから白黒つけようとする。

人工知能の開発はこういった論理の網をきめ細やかにしていくだろう。そうして資本家はすべてを漏らさず支配できるようになることを期待するだろう。

だがそれはかなわぬ野望であり、僕らには希望である。

自然は曖昧を種に生まれ、複雑さを肥やしに育ってきたのだ。

0と1があれば必ずその間が存在するのだ。

このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

スポンサーリンク

最近の投稿

カテゴリー

最近のコメント

スポンサーリンク