feedly hatebu line pocket facebook twitter rss github pinterest muku

停止

生きるってなんだろうって考えた時に、それは死と隣り合わせなんだと思った。

社会や人の役に立てていないから、もしくはただ時間が有り余っているからか、自分がなんのために生きてるのかとか、生きるって何なのかとかを、よく考え込んでしまう。

そんななかで最近実感したことは、死っていうのは止まるってことなんだあってこと。

呼吸を止めれば苦しくなるし、運動をする機会が減ってからだんだんと体に不調が出始めた。一日中家の中でじっとしていると、だんだん息苦しくなってくる。そこで、気晴らしに自転車で出かけてみると、新鮮な空気が体の中に入ってきて、まるでさっきとは違う体に入れ替わったかのようにさえ感じる。
マグロは泳ぎ続けないと死んでしまうって聞くけど、人間だって変わらない。動きを止めたら死んでしまうんだ。

そして、これは物理的、身体的な話に限ったことじゃないなって思った。

思想だって学問だって、新しいアイデアを作り出しては蓄積されていくという動きを保つことで生き残っていく。国という集団も、人間やものが絶えず流れるという意味で生きている。挙げればきりがないんだろうけど、とにかく動くってことが生きることの条件だ。

なんでもそうなのかもしれないけど、よくよく考えなおしてみると、人間には止まっている要素もある。

襲名とかしない、普通の人は名前が一生変わらないし、手があって足があって頭があってと、体の機能は変わらずに存在するし、最近は変わることもあるのかもしれないけど性別は変わらない、他にも変わらない意思を持ち続ける人もいる。

じゃあこういった要素を象徴的とはいえ、生きていない、死んだ要素だとするのかというと、うーんと考え直してしまう。
むしろ生物ってその種固有の形を保とうとしている。積極的に止まろうとしている。留まろうとしているといった方がいいか。

そこで僕はやっと、生きるってことは止と動、固定と流動、その間のバランスをとるってことなんだって気づいた。生きることと死ぬことのせめぎあいだ。そして、激しい活動の中で生まれ、緩やかに不変へと傾いていく天秤が人生。

そうすると人間の精神としては、自分の中に固い意志を育み、守ることで死へと近づく。だったら僕はまだまだ死ぬわけにはいかない、生きねばならない。

このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

スポンサーリンク

最近の投稿

カテゴリー

最近のコメント

スポンサーリンク