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書きたいことは何もない

ここしばらく何も記事が書けませんでした…。

このブログでは基本的に自分が考えたことを書き留めるという形で記事を作ってきました。その目的は、まず考えたことをまとめること、次にもう少し踏み込んで考えること、そしてなにかあたらしい考えを引出すこと。大体こんなところだったかなと思います。

それがここ何ヶ月は対して書くこともなく、また書きたいという衝動もなくなって居ました。なぜなんだろうと思ったのですが、まあもやもやする疑問というのを日常の中でなかなか感じることがなくなったというのが原因なのかなと。

文章を書く動機は人に依って様々あるでしょう。ブログの場合だと、社会問題に対する不満だったり、楽しかった思い出を綴ってみたり、趣味について語ってみたり、学習の記録をつけてみたり。

自分の場合は本当はどうなっているんだろう、という好奇心がブログを書く動機だったかなと思います。

わからないものに対する興味という意味では、世の中わからないものだらけなので、書くネタに困ることはないはずなのですが、なぜ書けなかったのでしょうか。実際下書き、みたいなものは沢山溜まっていて、書かなきゃなというテーマ自体はいくらでもあります。ただ、そのテーマについてちゃんと書こうという気持ちにはなりませんでした。ほんとに疑問ですね。

この疑問を自分は求めていたわけです!

答えるべき疑問ができたので、それに対する自分の答えを述べたいと思います。

まず、自分への強い関連を見いだそうとしなかったということ。

記事同士の関連を見出そうとしなかったことは非常によくなかったと、今振り返ってみて思います。心の中から疑問が湧き上がってくるときは記事同士の関連を探さなくても構わないのですが、言葉で区切って区切って、分割、分類しきってしまうと、疑問は産まれないということです。

学問と同じことですよね…。一つの学問として完成してしまうと、無矛盾ではあるがその領域から出られなくなってしまうという現象です。複数の一見異なる領域をつなげようとするところに、力が沸いてくるんですよね。

次に、ブログ記事を考えるという習慣を一度やめてしまったこと。

やはり習慣の力は強いということですね…。まして自分はもともと文章を書くのは毛嫌いしている質なので、少しブランクがあくと徐々に書きづらさがぶり返して北感じですね。

人は繰り返すことしか好きになれない、いや好きだから繰り返すのかも。とにかく繰り返すことと好きなことには相関があるわけなので。

あと、新しい考えを思いつくための土壌がなかったこと。

つまり、同じような思考に凝り固まってしまっていて、新しいアイデアを得られそうな予感がしなかったこと。刺激や成果が得られないと人は飽きてしまうものです。

じゃあ成果や刺激に感じられるのはどういうものか、というのは答えづらいですが。

未知と既知の間というのがそれに当たるのかと自分は思います。今知ってるものがなにか知らないものへ繋がっていくだろうという感覚。今やり遂げたことがまだできないことの架け橋になってるだろうという確信。日常から異常へ向かう兆し。已然から未然への蓋然。

知らないものを知るというのは矛盾しているような話ですが、人はそれを成し遂げなければなりません。

結局、自分の考えを深め、周りから吸収する、二つの側面が一心同体でないといけないわけです。この二つの間に、無意味な疑問じゃない本当の疑問ができるわけです。

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